2015-06-01から1ヶ月間の記事一覧
ハコヤの木でモチを搗いていた桜井市の竜谷(りゅうたに)。 いわゆる千本杵のモチ搗きである。 「エイトッ エイトッ エイトッ エイトッ・・」の掛け声に合わせて杵で搗く。 ハコヤと呼ぶ木はどこかで聞いたことがあるが・・何の木だろうか。 思い出した。 …
桜井市竜谷の宮座行事を取材していた。 ふっと振りかえれば、畑周りにずらりアゼマメ(大豆)があった。 そこには「ハダ」が立っていた。 上の田や下の田にもある「ハダ」にはアゼマメを架けて干すと話していた。 莢が乾いて豆が黒くなれば下ろして蓆に広げ…
数か月前に開店した台湾料理燃燃(ねんねん)は大和郡山市馬司町の交差点にある。 お店は元あったコンビニ店の建物を再利用したものだ。 一週間に3回は通る送迎道。 昼前ともなれば駐車場にはいっぱい停まっている。 台湾料理といっても辛くはない日本人好…
大淀町文化会館からの帰り道。 今木を通りがかったときだ。 県道309号線北側にあったサオカケに下げていたのは大粒の豆。 おそらく丹波の黒豆であろう。 曇天であるが、天日干しの景観を撮っておいた。 帰宅してから黒豆のことが気になった。 干した黒豆…
大淀町畑屋の文化財を展示すると知って出かけた。展示会場は大淀町文化会館。知らせてくれたのは学芸員の松田度さんだ。これまで何度かの講演会などに出かけた大淀町文化会館。平成23年9月の「大淀町の民俗-継承と活性化」もあれば平成26年6月の「三…
おふくろがこれまで何十年もの長い期間に通院していた大阪市都島の玉城クリニック。 市営バスや市営地下鉄を乗り継いで出かけていた。 お医者さんを替えることは嫌っていたおふくろ。 88歳を過ぎた老人には負担があると思っているが、本人はそう簡単に替え…
10月初めに仮屋に天照皇大神社(てんしょうこうたいじんじゃ)の分霊を遷しましをしていた当屋家。 ここは桜井市山間になる大字の小夫嵩方(おおぶだけほう)。 大字小夫の分かれの村である。 数週間後のこの日は宮座の行事が行われる。 当屋家には天照皇…
かつては矢田坐久志玉比古神社と同じ日に祭りをしていたが、矢田のふるさと祭りが盛況になったことから祭事日を替えることになった矢田町の山田原。 なだらかな田園が広がる。 大和郡山市の矢田町は北に矢田坐久志玉比古神社が鎮座する。 矢田丘陵の東側にあ…
我が家のハイビスカスはその後も一輪、一輪と咲く。 その後も蕾をつけている10月末。 来月も楽しませてくれるのだろうか。 (H26.10.26 EOS40D撮影)
神社行事の取材の合間である。 参道階段下にある田園景観を眺めていた。 ここは近鉄生駒線が通っている。 祭祀の際にも電車が通る音が聞こえてくる。 旧村民家の屋根瓦が光っていた。 その向こうに見えたのはサオカケしている天日干しの稲が並んでいた。 行…
前日の宵宮は十人衆の行事。 この日は氏子のマツリで御湯が行われる三郷町勢野薬隆寺・八幡神社。 平成24年に第三版を発行された『三郷路(みさとじ)ふるさと散歩-文化財と史蹟のガイドブック-』によれば、昭和26年に解体修理されたときのことだ。 「…
三郷町勢野西に鎮座する薬隆寺の八幡神社で宵宮が行われることは聞いていたが、時間は知らなかった。 下見を兼ねて午後に出かけてみた。 勢野東の北垣内から近い地にあると思っていたがどうも判り難い。 カーナビゲーションに出現するであろうと思っていたが…
前夜までは難なくログインができていたgooブログ。 ただ、出現する入力画面がちと違う。 正しい画面状況ではないのだ。 一週間ばかりそういう状態が続いていたが、入力はできていた。 この日の朝はその状態も出現することなく、インターネット・エクスプ…
送迎中に見つけた稲架け。 大和郡山市の山田町である。 ここは松尾寺に向かう街道筋。 この時期ではどこともコンバインで稲刈りを終えている。 無造作に架けた稲束が波打っている。 それがまた美しい景観美を描いている。 市内では椎木町もあった。 この日は…
住之江南大阪病院で内視鏡検査を受診して、紹介してくださった医院で結果を聞く。 それまでの待ち時間に昼食を摂る。 出かけた食事処は5日前にも昼食を摂った魚輝の住之江店。 美味しいものだからついついそうする。 この日も昼ランチ。選んだメニューは税…
今月の8日辺りから吐き戻しの症状があったというおふくろ。我が家に電話で異常を訴えたのは12日だった。翌日は祝日で医院は休診。やむなく祝日明けの14日に診断してもらった畠中医院。点滴は1時間半もかかった。一旦はラクになったがまたもや症状が再…
中古で買ったスズキエブリィのリコールが新聞通知されたのは9月18日。届出番号は「2467」だった。エアコンの外気導入部構造・レジスタの不具合であるが、この夏には現象は発生しなかった。対象の車台番号ではなかったのではと思っていた。10月に入…
氏子たちがマツリ道具の調製を終えて、会食した桜井市萱森の頭屋家ではこれより頭屋祭が行われる。一老こと太夫は白装束の狩衣姿。頭人、二老、三老、祭頭総代らは紺色の素襖に着替える。烏帽子を被った白い鉢巻姿。中老、副中老は裃姿になった。後列に並ん…
9月か10月辺りになりそうだと聞いていた桜井市和田の旧暦閏年の庚申さん。 和田では「トアゲ」と呼んでいる閏庚申の行事である。 区長は連絡をすると云っていたが、失念されたのかな、と思われたので訪れた山の中。 キラキラを輝く木漏れ日が差し込む樹木…
午前中に注連縄作りを終えた萱森の人たちは一旦、頭屋家でよばれの昼食に移る。 この日は弁当ことカップラーメンを持参していた。 なにかと気遣いしてくれる前頭屋のOさんは一緒に食べようと誘ってくださるが、そういうわけにはいかない。 遠慮を申し上げて…
桜井市の大字萱森は山間部。 標高は400mから480mに3垣内が分散している。 かつては集落内に小学校があったくらいに住民数は多かった。 昭和30年代では60から70戸もあったが、村を転出される家が増えて今では17戸になった。 在地は宮垣内(…
仕事を終えて自宅に向かう。 この日は通り越してグランドオープンした富雄南イオンタウンだ。 2日前はプレオープンだった。 目指すはマックスバリュの富雄南店。 オープンともなれば駐車場は満杯。 オープン特価の砂糖とバターを買いにきたが時すでに遅しで…
この秋はハザカケ(稲架け)を見かけること度々。 ほとんどが山間にあった。が、である。 平坦部の地元大和郡山市内にもあった。 送迎中に拝見した窓越しのサオカケは椎木町である。 送迎患者の話によれば翌週末の休日にイネコキ・ウスヒキをするらしい。 屋…
この日も畠中医院で診療の点滴治療。 1時間半待つ間にオムロン製の血圧測定器の購入やおふくろが食べたかったバナナやトマトを探しまわる。 治療も終わってほっとするが、足元はおぼつかない。 横たわって点滴を受けていた。 終わって立ち上がる。 動きは俊…
大正4年に記された『東山村神社調書(写し)』文中の社記によれば祭祀の日は旧九月二十七日が神前で行われる祭儀日だった。 いつの時代に移り替ったのか判らないが、現在は10月15日である。 調書によれば「祭儀を終えて退社した渡り衆は当家に上がり込…
午後3時ころには到着しなければならない大字峰寺の六所神社。 時間を見計らって出発した。 前日のヨイミヤと同じく車に同乗して下っていった松尾の渡り衆。 先頭は大御幣を持つトウヤである。 六所神社に行くまではヨイミヤと同じく松尾の神社など5カ所を…
山添村の大字松尾のマツリを勤める渡り衆。 要人(ようじん)と呼ばれる舞人は予め決められていた祭典控の順番帳に記載された8人である。 9月15日に大字役員総代が集まる遠瀛(おおつ)神社の籠りの日に今年の要人とトウヤ(当家)を正式決定される。 親…
ジンパイを奉納される合間に撮らせてもらった萱葺き民家。 積みあげた石垣に堂々と建つ母家に二棟の白壁土蔵に圧倒される峰寺集落。 萱葺き家は他にも数軒で見られる。 電線が見苦しいという非生活者のカメラマンも居るらしいが、そんな言葉は野暮。 葺き替…
お渡りは歩いていきたいと願っていたトウヤ。 健康上の理由から無理だと判断されて数台の車に相乗りして出発した。 峰寺の六所神社に向かうが、まずは松尾の神社など5カ所を遥拝する。 始めに参った地は松尾の氏神さんを祀る遠瀛(おおつ)神社だ。 かつて…
毎年10月14日はヨイミヤ(故事では夜宮表記)にジンパイを奉納される山添村の大字峰寺・六所神社。 同神社は峰寺・松尾・的野との郷社であった。 乗光廃寺の鎮守社であった六所神社は文禄年間(1592~)に六所権現改め六所大明神を称したと伝わる。 …