
桜井市の箸中で行われている行事はいただいた史料からどのような行事があるのか頭に入っている。
尤も何件かは取材をさせてもらって記録もしてきたから熟知していると思っていた。
ここへ来ればどうしても通らざるを得ない里道がある。
清流に住む川魚が泳ぐ小川がある。
上流は三輪山辺りの山裾から流れる川だ。
最上流はソバで名高い笠の地である。
その川沿いにあったお祭りの仕掛けがあった。
竹は二本。
てっぺんの葉を残してそれ以下はすべての葉を落とした竹。
中央辺りに水平にした竹で縛っている。
倒れないようにしているだけなのか、それとも・・・。
その場は「嘉永元申年(1848)十二月吉日 金毘羅大権現 天照皇大神宮 講中 世話人」の刻印がある石塔がある。
この道はこれまで何十年に亘って何度も通っているのだが、気にもしていなかった。
何かの文字があるとは判っていても気にならない。
私がよく訪ねる元総代家では存知しない石塔である。
だが、この日は砂盛りをした場に竹を立てて花も飾っている。
なにかの祭りには違いない。
刻印から何らかの講中がしていることはわかるが講名は・・・。
笠のテンノオイシキの草鞋作り取材が待っている。
戻って来られたら、そのときにでも聴こうと思って先を急ぐ。
そして戻ってきた時間は午後5時半。
なにもかもが消えていた。
残っているのは砂盛りだけだ。
川向こうに若い人がいる。
もしや、なにかご存じで、と思って声をかけた結果は・・。
今日は最後の日だったという行事は「コンピラサン」。
石碑にある「金毘羅大権現」である。
正式な講中の名は判らないが「コンピラサン」の講だと云う。
7月9日、10日がコンピラサンの夏祭り。
二日間の両日に燈明を立てるそうだ。
講中の件数も不明だが、燈明に火を灯すのは当番の家のようだ。
10日のこの日は午後5時に三つの提灯を水平に設えた竹に吊るしたそうだ。
お供えやお参りがあったのかどうかわからないが、すぐに片づけたと云う。
(H28. 7.10 EOS40D撮影)