
朱塗りの大鳥居を潜って本殿の後ろから西口へ。
すぐ目についた社は、駒込稲荷社。
一方、目だっていた。
先に目に入った千本鳥居は、乙女稲荷社。
おそらく、多くの観光客は駒込稲荷社には拝せず、足は千本鳥居に向かうだろう。

私どもの家族3人もそのようだ。
一方、私の目たては石造仏。

お顔が特に綺麗な庚申石塔。
よくよく見れば三面六臂の庚申像は青面金剛。

不思議な構成をしている六面体。
一番古い庚申像は寛永九年(1632)もの。
東京都・文京区内で最古の庚申石塔だと推定されている。

根津神社の主祭神は素戔嗚尊(スサノヲノミコト)。
神仏混交時代には本地仏を十一面観音とする神社であった。
時代は明治に移り、発布した神仏分離。
”根津権現”から”根津神社”に社号が変わり、仏像も撤去された、という。

その波をもろに被った庚申石塔。
文京区内で道路拡幅などのために撤去された庚申塔は根津神社の境内にまとめたそうだ。
その際に、生まれ変わった六基の庚申塔を、ひとつの六面柱にまとめられた。
六柱の面は各々が異なる面相と相成った。
参拝されるなら、廻りながら手を合わせてほしい。
その庚申石塔については、さまざまな人たちがネットにあげている。
全文をネットにあげていた。
この解説文によってわかったことは、
青面金剛は①に③、④、⑥。
庚申供養とされるのは②、⑤。
なんと観音像と二面性をもつ②の庚申供養の事例もある。
また、施主村もある。
①は駒込村。
⑤は都島[庚]馬米村。
⑥は駒込千駄木町。
元の所在地がわかる刻印である。

丹念に調べられたブログ「石仏石神を求めて」が詳しい。
お寺に観られる三界萬霊塔の塚のようだと執筆していた「ドクターキムル」さんらの調査資料も参考になる。
まさに、根津神社の境内に集められた庚申・青面金剛を新たなカタチにしている事例は他にないような気がする。
おっと、またもや家人3人から離れてしまった。
ついつい民俗の一例、東京の庚申石塔も、調査対象に庚申講中の営みも知りたくなり、刻印に講中の印しでもみつかれば、と思っていたがいかんせん、時間不足のため裏側にもあった庚申石塔は撮れなかった。
ちなみに奈良県の民俗行事の一例(橿原市北妙法寺の庚申講・初庚申の営み)を、参考にあげておく。
(R4.11. 6 SB805SH/EOD7D 撮影)